青春荘の人々
遊幻空間 第11回公演
作:本田誠人(ペテカン)
2011.6.12(日) 17:30
於:鹿沼市民文化センター 小ホール
ニートやモラトリアム、とうのたったお水の女性、夢をあきらめた元女優とそのヒモ、そのほか、常識的世間というやつからはみ出した人々の集うおんぼろアパート青春荘。そこに入院した大家さんの完全に常識的世間組の孫娘が代理としてやってきて。そこに起きる擦れ違いと闘い。ある意味、現代の一つの様相を切り取って表現したような物語でした。
多分、この物語、見ている側自身、自分に重ねて思い当たるものが結構ある人もいたのではないかと。そのようなことを感じながら舞台を見ていました。もともとは上記のとおり、ペテカンの既出舞台の戯曲です。
全体に錬度はいつものように高いし装置も非常にしっかりとしたものでした。こだわりも感じられましたし。一人一人の個性もいいのですが。
クライマックスのある後半はよくなっていたのですが前半、一人一人のセリフや演技の間に妙な間が感じられたのが。間というほどでもないのですがつながり、関連、が何となく空白ができて滞っているようなそんな感じがありました。
前にも書いたと思うのですが、錬度を高める過程で間合いや演技の質が似てきてしまっている部分があるのかもしれません。生きた間やメリハリや抑揚の変化、さらにテンポ、もう少しリズミカルに早めることができればあの感じはなくなると思うのですが。
客席からの笑いもあったのですが、そのいくつかは戯曲由来のもののような気がしました。もっと掛け合いの妙で笑いたいところ。
ゆうやさんは安定していて存在感がありました。柴原さんの長老は味があり、大野さんもいつものごとくの存在感。ただ、印象が強かったのがやはりDDTのみちよさん演じる美由紀さんだったのが、やはりほかの方と違うテンポや雰囲気があったということになるのかも。
でも前回の作品と比べかなり自然な感じにはなってきたような気がします。 ただ、この自然さ。確かにいいものではあるとは思うのですが、本来の遊幻空間の芝居の方向に見合ったものなのかどうかという疑問が今回は実は見ながら浮かんできました。それは笑えるシーンであるところのさとみさん演じるのんちゃんの回想シーン。あそこがあまりにも生き生きしすぎていたもので。あの演技らしい演技があそこで見た演技の中で一番パワーがあったように感じられたんですよね。
あるいはこういういい意味の凸凹をもっと強めた方がいいのか。でも、あくまでも遊幻空間が本当に行きたい方向が何かということに行きつくのでしょうが。個性はいろいろあっていい。でも掛け合いについては自然に。人と人の間の距離や間はその場その場や互いの関係性で変わります。その時その時の個々のテンションやテンポも同じ。自然にというのはあくまでもこういう部分にあるのではないかと思うのですが。
前半で感じていたのは実はそういう部分をそれぞれが個々に作りすぎているのではないかということでもあったんです。完成度の高さは本当に素晴らしいのですが。クライマックスになるとそういう部分はすべてそぎ落とされて、本当に引き込まれる舞台になっていました。
そのあたりをもう一度、思い切り距離を置いて見直してみると、見えてくるものがあるのではないか。と、ホールの結構後ろの席から見ていた私は感じていました。

